中村です。
昔、片思いをしていた女性に好きな男性のタイプを訪ねたとき
「プライドが無い人がいい」と、言われ
じゃあ、俺は無理やな。という結論に至ったことがあります。
あまりにも想定外の切り替えしに面食らったというのも鮮明に覚えていますが、
何よりも、”プライドが無い男”というのがどういう人なのかが想像できず、
少なくともあんまりカッコイイ姿が思い浮かばなかったので
考えるのを止めて、そのまま放置していました。
それを今日、深堀りしていきたいと思います。
まず、前提として
私はプライドは持っていた方が良い、というのが持論です。
そう言うと、ステレオタイプの頑固なイメージが付きまといますが、
この社会は”弱肉強食”ではなく、”適者生存”ですから
考えを柔軟に環境へと適合させるのが優先順位としては先です。
なので、結果が優先という考え方が一般的なのだと考えています。
もう少し身近な例え話をすると
自分の間違いを認められない人がいるとします。
その人はプライドが高いからミスを認められないのではなくて、
優先順位を間違っていることに気づけていないのだと予測できます。
自分がやりたいこと、想定している結果と
実際に起こった事象との差が受け入れられないというより、
結果から過程を逆算するという考えに至っていないのでしょう。
結果がでなかった。でも自分は間違っていると思っていない。
というのは、プライドとか美学うんぬんよりも優先順位の付け方の問題だと感じています。
元サッカー日本代表監督、元ガンバ大阪監督である西野朗さんがワールドカップ敗戦後、
「強豪国との差は全てだと思うけど、わずかだとは思う」
と言っていたのを書いていて思い出しましたが、
その言葉がまさしく理想的なプライドや美学の持ち方なのではないかと思います。
調べてみるとプライドとは、自尊心や誇りのことだと書かれていました。
プライドが高すぎる人というのを、私も知っています。
会社にもいましたし、学校でも接したことがあります。
確かにめんどくさそうな性格をしていたという印象がありますが、
それは尊重してあげるべき特徴だと考えています。
少なくとも何かの分野で成功するためにプライドというのは
必要とまでは言いませんが、あって損をするようなものではないでしょう。
結局のところプライドが高すぎるのは関係なしに
誰かと接するときは相手の特徴を尊重してあげるというのは
誰に対してもしてあげることができる優しさなのでしょう。
誰しもプライドというのは最初は持っているものなのだと思います。
ですが、様々な経験を重ねた結果プライドは無い方が良いという判断をしたのでしょう。
私の結論としては、プライドが無い方が良いかどうかは周りの人が認めてくれるかで決まる。
といった感じなのですが、それだと持たない方がいいじゃん、になってしまうので
プライドを持つなら、周りの人たちが納得するぐらい飛び抜けた結果を残せ。
という曖昧な答えを出して終わろうかと思います。
結局のところ他人から受け入れてもらうためには、
プライドが高かろうが実績があれば良いのでしょうから。
自分の実績を誇示しない人が、プライドの無い人なのだとすると、
大抵の人が学校に何年か通って、学歴とか成績で評価されてきたという人たちには
プライドを無くすというのはなかなか難しい注文なように感じます。
アピールしないと人がついてきませんから、評価もされづらいですし
自身の実績を公に示すというのは止めろとは言えません。
私はプライドが高い人は好きです。
プライドが無いって人の方が長期で付き合えるかどうか心配になります。
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